マカクザル下部側頭回TEO野は、破壊実験の結果から、専ら2次元形態知覚に不可欠な領域であり、視覚性記憶には重要な役割を果たしていないとされてきた。ところが最近、TEO野の範囲が詳細に検討され、従来の破壊実験におけるTEO野摘除域との大幅なずれがわかった。新TEO野に関する我々の予備的な行動実験や解剖学的知見は、その破壊による障害パターンが従来の破壊実験によるものとは異なることを示唆している。本年度は、新TEO野摘除ザルと正常統制ザルにつき、ウィスコンシン式一般テスト装置(WGTA)を用い、視覚性認知記憶課題である遅延見本合せ課題における成績を調べた。基本課題では、見本物体1個をサルに提示し、10秒の遅延期間の後、見本物体と新奇物体を対提示し、サルが見本物体を選べば報酬を与えた。各試行毎に使用物体は替え試行間の記憶の混乱を防いだ。基本課題習得後、遅延時間を30、60、120秒、10分に延長し、また一度に憶えていなければならない見本物体数を3、5、10個に増加し、より記憶負荷を増した条件下での成績を調べた。その結果、1)新TEO野摘除で遅延見本合せ課題の術後初学習で障害がみられた。2)遅延時間の延長および見本物体数の増加により、新TEO野摘除ザルの正答率は低下した。我々は既に、脳回TEO野摘除では遅延見本合せ課題で障害はみられないことを明らかにしており、本課題における新TEO野摘除による障害は、同摘除では脳回TEO野に加え後頭側頭溝より内側部の領域も併せて摘除されていることによるものと思われる。この知見は、新TEO野に含まれる後頭側頭溝腹内側領域からは、視覚性記憶機能に重要な内側側頭葉領域への強い神経線維投射が見られるという解剖学的知見と併せ、新TEO野腹内側部経由の視覚情報が記憶機能にとって重要であることを示唆している。
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