ヒトとチンパンジー乳幼児の発達比較によって、種独自の特性と種間の共通性とを検討してきた。本研究では、チンパンジー乳幼児10個体(熊本県・三和化学熊本霊長類パーク)およびヒト乳幼児5名(京都府・熊本県)を対象として月1回の頻度で実験・観察を行い、社会的交流活動の特徴とその発達的変化を調査した。新版K式発達検査で、姿勢-運動、認知-言語、社会性各領域の発達水準を定量的に把握し、社会的交流活動の特徴を高解像度のデイジタルビデオカメラ(購入品)を用いて録画しエソグラム(行動目録)を作成した。チンパンジーの社会生態学的な研究方法については、オランダへ出張しユトレヒト大学のファン・ホーフ(vanHooff)教授からレビューを受けた。 チンパンジーはヒト10か月児の発達的特徴を1〜2歳代に示した。行動出現の順序性はヒトと同一であった。対象を認知し操作する力の獲得過程はヒト乳幼児と類似しているといえよう。しかし、相手に物を渡す、模倣する、定位的調整をしながら相手に視線を送るなどの行動はチンパンジーでは観察されなかった。また、ヒト乳幼児は、欲求・要求対象に直接到達できない矛盾事態、および、対関係を操作する状況にあるとき、積極的に視線や発声を他者へ送り、社会的な関係を自ら結ぼうとする傾向が強かった。道具使用につながる物の定位的操作だけでなく、対象物を媒介に思考や感情を他者に定位する社会的交流活動を行うことによって、ヒト乳幼児はのちの音声言語形成の前提を整えるといえる。ヒト乳幼児への言語指導の際には、構音や対象識別訓練等にとどまらず対人関係の形成を援助する必要があることが示唆される。
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