自閉症児にとって自己身体の姿勢や運動・動作と連動して動く外的な媒体としての自己の鏡映像は、自己の感情や意図を託しやすい対象となるため、自己表現が促進され、その結果彼らのコミュニケーションの劣性が改善される可能性が高くなるとの仮説の検証を試みた。 鏡を介して指導者と自閉症児がやりとりをする場面を設定し、そこでのコミュニケーションの内容と形式を直にやりとりする場面でのそれと比較し、鏡映像を媒体とするコミュニケーションの効果を吟味した。 自由あそび事態において、壁面の大鏡の前に対象児と指導者が入れる程度のミニチュアの「家」を置き、鏡を介して指導者が見える状況を確保することで指導者と対象児の視覚的な交流を保障した結果、両者のコミュニケーションは鏡の導入以前よりも一般と活性化した。さらに、もっと重要なことは鏡の導入は、鏡を介して相手の姿が見えるだけでなく、同時に自分の姿をも見ることができるということである。対象児は鏡を介して指導者に話しかけるだけでなく、自己の鏡映像に向かって問いかけた上で、それに答えるといった「自問自答」を行うようになった。また、指導者に話しかけるときにも指導者の鏡映像にではなく自己の鏡映像に向って話すといったことも出現した。そして、この時の対象児の言葉は極めて充実したものであった。 以上の結果から、母親や担当保母などお極めて近い関係にある他者との関係に閉じた自閉症児の特異的なコミュニケーション・スタイルを多様な他者との関係に開いた通常の様式へ導く方法として、鏡映像は極めて有功であることがわかった。
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