これまでの研究によって、自閉症児のコミュニケーションは相手となる特定の他者との関係性によってその質的様相が決定され、しかも特定の他者との2者関係で形成されたコミュニケーションスキルはその関係だけに閉じており、それ以外の他者との関係に波及しないことがわかった。本年度は、自閉症児のコミュニケーションの発達を阻む要因となる対人関係に特殊化されたコミュニケーションの生成過程を探るために、自閉症児の愛着関係の形成過程で観察される対人関係の逆転現象に注目した。この対人関係の逆転現象とは、ある特定の他者との関係が成立すると、それまで良好な関係を維持してきた人との関係が悪化もしくは消失するというものである。自閉症児の3事例を対象に、特定の他者との関係の形成過程に現れる対人関係の逆転現象を検討することによって、自閉症児の関係特殊的なコミュニケーションの生成過程を解析した。その結果、次のような知見を得た。1)対象とした3事例に共通して関係性の逆転現象が確認された。2)関係性の逆転現象は基本的には親もしくは特定の他者との関係で得られる快の情動の体験を契機として生起した。しかも一旦形成された関係性は排他的な特性を帯び、それまでに保持されてきた親もしくは特定の他者との関係は逆に減退もしくは消失した。3)発語が存在する2事例における対人関係の逆転現象は親もしくは特定の他者との快の情動体験に加えて、言語の存在および基盤となる愛着関係の水準の要因が作用した。他方、無発語の1事例における関係性の逆転は親および特定の他者が提供する場面や行動と快-不快の情動の随伴性によって一義的に決定された。以上の結果から、自閉症児の関係特殊的なコミュニケーションは彼らの特異な対人関係の形成過程を反映しているものと推察された。
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