研究概要 |
今年度は、本研究の前半として、大阪で発行された日露戦争当時の有力紙である『大阪毎日新聞』『大阪朝日新聞』の二紙について資料収集と予備調査を行った。各紙の紙面における広告記載の位置と構成は両紙ともほぼ共通しており、当時約十頁だての紙面のうち、3,4,8頁の記事下約半頁と最後の10頁目が全面広告用紙面になっている。広告数の全体を見積もるために、明治36年と明治39年で一号あたりの広告件数を測定したところ、元旦などの特別な日をのぞけば、およそ50〜100件の間で、平均70件ほどが掲載されていることがわかった。月当たりの合計は約二千件を越す。これをふまえてパソコン・ソフトを使用した調査票を作成し、新聞号数、月日、頁数、掲載位置とサイズ、広告種類(一般広告、開業広告、決算広告、死亡広告、挨拶広告、連合広告など)、業種、商品名、商店・広告主名、場所、広告文、図の有無などの項目を調べることにした。入力の手間が予想以上にかかったため、今年度はまだ両紙とも数ヵ月分ほどを入力するにとどよったが、大阪在住の広告主が大部分を占めること、タバコ産業の官営化による広告減少の打撃は、全体の広告件数に見る限り大きくないこと、一頁全面を使った大型広告が登場していること、業種別では通説のとおり書籍と医薬・化粧品が多いなどの傾向を確認した。今年度は大阪紙の調査を続けるとともに、これをふまえて東京紙二紙の調査を行う予定である。
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