コミュニタリアニズムは「哲学的・倫理学的理論」と「社会的イデオロギー」の2つに分けて考えることができる。前者の主たる対抗理論は「自由主義」思想であり、後者のそれは「リバタリアニズム」と呼ばれる社会・政治的イデオロギーである、と一応区分することが可能であろう。アメリカ社会におけるコミュニタリアニズム思想が1980年代に顕現化してきた社会・歴史的背景を、(比較)社会学の視点から明らかにするということが本研究の基本的問題関心であるが、特に「企業経営の思想」と「人生観」という2つの事象からその問題にアプローチしてきた。企業経営のイデオロギーの構成要因であるヒューマン・ファクターの取り扱い方に関しては、20世紀の企業社会においても時代に応じていくつかの変化の道筋を辿ることができるが、いずれの道筋も「自由主義」対「コミュニタリアニズム」という対抗関係として一般化しうる思想上の葛藤の影響を読み取ることができるのである。工業化の進捗にともなう企業規模の拡大が顕著になってきた19世紀から20世紀初頭にかけて、アメリカにおける企業経営の理想的思想は労働者の福祉をも保障しうる企業コミュニティを建設することに求められたといってよいだろう。こういった福祉企業主義の思想は、1930年代以降のマルクス主義的労働運動の脅威に晒されるものの、1940〜50年代に至るまでしぶとく生き残ったが、その後の経済・社会変動の中で福祉企業思想に代わって個人・自由主義が社会的影響力を増大してきたのである。今日のアメリカ社会の自由主義的傾向は(その歴史的・文化的起源を別にすれば)この時代に強化された結果なのであり、その行き過ぎを咎める社会的イデオロギーとしてのコミュニタリアニズムは、この時代に少年期を過ごした世代(いわゆる、ベビー・ブーム世代)の価値観・人生観を問い直すという性質をも有しているのである。
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