本研究は、環境社会学の新たな理論構築のために、近代産業国家における環境主義の構造・比較分析を行うものである。この研究目的にそって本年度は特に、「持続可能な社会の主体(担い手)論」を展開するために、これまでに実施した理論的実証的な環境社会学研究を総括し、環境間題や環境運動に関する既存理論の整理と類型化をはかった。さらに、地域開発と環境保全とが対立する環境運動の事例として、日本最大規模の会員数を有する「知床ナショナルトラスト」をとりあげ、同運動に関する新聞資料のデータベースを構築し、これまでの各種調査データや二次的資料の収集を行なった。さらに、北海道斜里町ウトロ地区の全世帯361を対象とする環境意識調査を実施し、環境運動家や環境行政担当者などへのインタビューを行った。そして、環境運動と地元住民との関わりについて研究した結果、知床ナショナルトラスト運動の残した功績と間題点が1988年と1998年の2回の調査によって明らかになった。 知床住民は現在では6割が外部からの移住者で占められているが、帰属意識が非常に高い傾向を示している。また地元住民は仕事に関しては後継者間題で不安感を持っている。地域のつながりは都会に比べて強く、また仕事も自然に関わりが深いと認識していることが明らかとなった。そしてその自然観は生活密着型で、自然を生活の一部として捉えていることが強調される。 しかし、特に自然保護運動についてみると、この10年の間に関心は低下し、住民の半数近くが環境運動に無関心でいる。これは、過去20年間の知床ナショナルトラスト運動の歴史的な経緯に強く規定されている。もともとこの運動は行政主導で推進され、一般国民の支援やマスコミのキャンペーンなど知床外部の力によって発展してきた。知床住民自身の声はほとんど聞かれず、伐採問題が終結後、外部勢力の運動からの撤退によってもたらされた運動主体間の勢力関係における空白を埋められないまま、地元住民間の自然保護運動の理念、方法が未発展のまま推移する結果を生み出すこととなった。このことは、都会的環境エリート主義の限界を露呈する結果となっている。持続可能な環境保護運動を推進するためには、何よりも保護地域の自然保護と地域振興の同時達成を目指すことが必要であるということが明らかになった。
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