アイルランド家族研究に関して19世紀中期以降20世紀初頭にかけて直系家族が成立し、1950年以降の商品化の浸透とともに直系家族の解体と核家族への変動という理論的枠組から理解するパラダイムが現在定着している。本研究はそのような枠組みからアイルランド家族史の原資料である人口センサスの原簿を利用して直系家族の存在を確認することに、その特色が認められるのである。(1)利用した資料は1901年と1911年の人口センサス原簿であるが、貧困地域であるドニゴール州と経済的条件の良いテッペラリー州を比較対照することにより直系家族を分析した。対象地域としてドニゴール州ではグレンコルムキル教区、テッペラリー州ではバーンコート・クロヒーン教区を選定し、特にグレンコルムキル教区ではトォーニー村落(タウンランド)、バーンコート・クロヒーン教区ではシャンラハン村落をケース・スタディーした。(2)シャンラハン村落では直系家族を含む拡大家族が1901年で24.4%、1911年で23.1%、核家族が68.3%と64.1%であり直系家族の存在が確認されるとともに、相続も長男傾斜による一子相続であることも確認された。つまり直系家族の規範がそこに認められたのであるが、アイルランドの直系家族は日本の直系家族と比較すると、直系家族の規範が弱く、状況的要素(たとえば寿命、子供数、土地所有状況など)に規制される性格を持つものと判断された。(3)土地評価局にある地方税課税評価原簿、土地登記局にある土地登記簿を資料として19世紀中頃から現在までの約150年間の土地の移動と人口センサス原簿資料を関連づける作業をシャンラハン村落で行った結果、現在まで継続して居住している世帯は少なく、かなり移動性が顕著であったことが判明した。その点でも日本の伝統的家族との相違性を確認することができた。 以上からアイルランドにおける直系家族の存在を両地域で確認することができたが、とくにこれまでアイルランドでは西部地域に主に直系家族の存在が確認されていたが、それ以外の地域でも確認されたことに本研究の意義があるといえる。
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