本研究は、ドイツ近代の都市と農村社会が教区と学区に編成され、その住民が近代的な行政によって整序化される過程で、教会の規律化と学校教育が伝統的な文化の変容(住民の行動・思考・感情の近代化)に果たした機能を解明することを意図している。今年度の研究計画は、(1)上記の文化変容=住民の行動・思考・感情の近代化を歴史的アプローチによって明らかにする手法を造りあげること、(2)そのための具体的な方法として、社会的規律化に関する研究成果のサーベイを行うことにあった。上記(1)は、行為・信仰・感性のNormierung〈定型化〉とFormierung〈成形化〉の仕組みをパラダイム化することにある。歴史研究でこの仕組みに取り組んでいる領域は、近世-近代におけるミクロヒストリーである。これはG.エストライヒの社会的規律化研究から具体化され、現在国際的な研究ネットワークが形成されている。従って、(1)は(2)からアプローチされる。現在の研究の状況では、エストライヒの規律化は、国家の強い介入によって全社会の政治的・社会的・精神的な生活の基本構造に変革を惹起する国家主導的規律化を示すものである。そのためにゲマインデ(都市と村落)がその成員を規律化する構想、ゲマインデ主導的規律化は視圏から外れざるをえない。本研究はこの2つの規律化から、住民個人のSelbstregulierung〈自己規制〉まで進まなければならない。そのためには、先ずは、国家主導的規律化とゲマインデ主導的規律化が機能する境界設定を実証しなければならない。研究の動向は、個別ゲマインデにおけるKirchenzucht〈教会懲戒〉のケーススタディに向かっている。これらに基くと、かかる境界設定の見取り図は、教会懲戒が純粋な教会懲戒とSittengerichtsbarkaeit〈風紀懲戒裁判〉に機能分化していく構造にある。ところで分離前の教会懲戒は信仰=内面世界に関する懲戒と風紀懲戒(結婚・家庭・教育・共同生活・個人的行状に関する)から成っている。それではこの両者及び両者の輻輳が如何にして住民個人の〈自己規制〉に関わっていくのか。その仕組みの解読が現在の主要な課題となっている。
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