本年度研究実績の第1は、幼児の頭足人的表現形式に関する先行研究の問題点に関して、W.L.Brittain(1979)、鬼丸吉弘(1981)、林健造(1987)、長坂光彦(1989)の研究を中心に考察した。現代に近い4名の研究者が、「人物描画の始まりはどのようなものか」、「なぜ幼児は頭足人型を描くのか」、「なぜ頭足人型はあのような不思議な表現形式になるのか」という3つの設問に対してどのような理論的説明を試みているのかを個々に見てきた。その結果、頭足人型の定義および類型化にばらつきが指摘できる。その原因は、それぞれの研究者によって頭足人型の構造特質の捉え方が違うからである。Brittain(1979)は、先行研究を概観し頭足人型の理論的説明に妥当性のあるものを5つ紹介しただけで、これといった独自の学説を唱えてはいない。5つの説の中には互いに対立する見解もあり、各説の再吟味の必要性を示唆している。鬼丸(1981)の功績は、頭足人型について詳細な考察をし、新しい理論を提出したことである。しかし、縦断的事例研究による頭足人型のデータ収集などによって理論を修正する必要がある。林(1987)は、「想像・技術・伝達」の3系論の立場から頭足人型を説明している。特に、トポロジー的認知の考え方はJ.Piaget & B.Inhelder(1966)などの理論を援用しており注目できる。長坂(1989)の研究は、多義性のある曖昧な用語がいくつかある点と、頭足人型の構造特質の類型化に関して彼自身に迷いがあり1977年の研究との不整合を指摘できる。第2は、特定幼児の描画活動に見られる人物表現の変容過程に関して、特にプロフィール表現・レントゲン描法・家族画を中心に考察した。今後の頭足人型研究に縦断的事例研究から得られた知見を組み込んで行くことが課題となるだろう。
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