学校の正統性の危機が指摘される現在、学校の機能と教師をめぐって、「学校機能縮小論」と「共同性確立論」という相対する二つの議論が展開されている。本研究は、こうした相対立する指摘を視野に入れながら、消費社会において教師が担うべき役割についての有益な提言を行うことを意図している。 平成10年度の知見は、教師-生徒間でプライベートな情報を介在して行われる相互作用が、生徒には「安心して育つ場」を、教師には「仕事のやりがい」を与えていることを指摘し、「学校機能縮小論」への短楽な傾倒に疑問を投げかけた。また同時に、教師と生徒のゆとりを持った交流の増加が、学校と教育を再生させる契機になる可能性をも示唆した。しかしながら現状では、教師-生徒間で、こうした関係は容易には築けない。そこで平成11年度は、組織や活動の側面から、その阻害要因を探ることにした。 典型的な二つのタイプの学校を取り上げ、学校現場の組織化の程度や教師の活動、「多忙」化の現実教職への意味付け等について、エスノグラフィー調査を再分析し、比較検討した結果、より機能的に組織された学校では、表面化はしないものの、教師の活動にゆとりや奥行きを与えるような配慮が失われつつあることが明らかになった。すなわち、時間と空間を、教育目標の効率的な達成のために合理的に組み立てるという学校の制度化過程が、学校から無駄と冗長を排除し、そのために学校の息苦しさを高め、教師にも生徒にも教育のプロセスを楽しむゆとりを喪失させていることがうかがえるのである。 こうした知見をサブタイトルの議論に関連づけるならば、「学校機能縮小論」は、こうした機能の合理化・単純化の延長線上にあり、根本的な問題を解消すると言うよりは、より促進するのではないかと予測される。 上述した成果の一部は、編著本『教師の現在・教職の未来』教育出版1999年8月所収にまとめられた。
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