勤務先が、京都大学人文科学研究所に転勤して、頻繁に奈良にかよった。奈良県立奈良図書館所蔵の『奈良県庁文書』の中から、文化財保護・史蹟名勝・皇室関係にかかわる史料を調査収集した。そして奈良県庁が所蔵する奈良県議会の議事録や明治30年代の『奈良新聞』から、史蹟・名勝など文化財保護にかかわる議案の審議を探った。また奈良国立文化財研究所所蔵の旧『奈良県庁文書』の陵墓関係の書類を撮影した。ここには、神武陵の整備にかかわる明治10〜20年代の史料があったが、通説とちがい被差別部落である洞部落の移転以前から一般村落の移転があったことがわかり、畝傍山山麓の神苑形成という景観の問題が立憲制から昭和期まで第一義的な政治課題であったことが明らかになった(この点は次年度に研究成果として公表する)。また東京では、特に宮内庁書陵部に通い、皇室用財産としての京都御苑や陵墓の整備にかかわる史料を調査し、写真撮影した。陵墓に関しては、日本考古学協会・歴史学研究会ほか主催の「シンポジウム・日本の古墳と天皇陵」において「近代の文化財保護行政と陵墓」という報告をおこなった。陵墓の皇室用財産としての歴史と、皇霊祭祀とのかかわりについて明らかにした(次年度に研究成果として公刊する)。そのほかナショナル・シンボルの形成にかかわって、近代の桜(ソメイヨシノ)の植樹にかかわる史料調査を弘前・奈良・京都などでおこなった。「「聖地」大和の形成」という研究課題については、明治維新を通じて、「古代」がいかに政治文化として力を発揮しえたか、その復興の問題として研究を深化させつつある。職場がかわったため、基本的な近代文化史・思想史および皇室・奈良関係の研究書の購入に力を入れた。
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