本年度の調査・研究は、滋賀県大津市葛川について行った。葛川は、滋賀県西部の山林地帯に位置し、材木や炭の生産を主たる産業とする地域である。歴史的な環境もよく残され、延暦寺支配下の葛川明王院が中核に位置し、膨大な中世文書として「葛川明王院文書」が残され、鎌倉時代に成立した絵図も存在する。本年度の調査・研究は、(1)中近世文書、(2)中近世近代絵図、(3)石造物、(4)民俗信仰生活についての聞き取り、という内容で行った。 中近世文書については、葛川明王院文書及び、明王院がある坊村の区有文書について行った。明王院文書については主に、坊村周辺の地名が記載される帳面類についての調査をした。その結果中世から近世初頭のものとみられる地名がいくつか採取された。聞き取りによって場所の確定ができたものもある。また区有文書については、山の利用関係文書がかなりの分量で調査でき、今後の研究の重要な素材となると考えられる。 絵図については、多くの調査・研究成果があった。従来は中世の葛川絵図についてのみ研究が進んでいるが、区有文書中にいくつかの絵図が存在し、そこには近世初頭のものとみられる明王院霊場の絵図があった。これは従来ほとんど紹介されておらず、明王院を中心とする霊場復元の基礎資料となるものと考えられる。さらに近代初頭の地籍図の調査を行ったが、そこでは、中世に遡る集落跡とみられる、今は廃絶した集落跡が発見された。 石造物については、葛川内の石造物の分布調査及び、坊村の埋墓である「サンマイ」の調査を行った。また、聞き取りについても、いくつかの成果があり、木地師の家や、山の利用についての聞き取りから、葛川と湖東・湖西の村々が薪の採取・利用などで密接な交流関係を持っていたことが知られた。これは、中世以来のものとみられ、今後文書や絵図などの研究を進めていくことにより、その具体的な姿がより明らかになると思われる。
|