本年度の計画通りマイクロフィルムで収集したセント・カテリーヌ修道院文書の解読作業を継続した。とりわけ、法廷文書に重点を置いた。法廷文書とは、裁判官の立会いのもとに執り行われたさまざまの司法手続きを意味する。具体的には、さまざまな法的手続きの証明書、裁可、供述書、マフダル(調査記録)、遺言書などである。 法廷文書のうち、とりわけ、マフダルに注目した。マフダルにはキッサという嘆願文が添付してある。キッサは、筆者のこれまでの研究では、直訴という形式をとり政治権力者に直接提出されていた。ところが、このマフダルに添付されているキッサは政治権力者ではなく裁判官に提出されている。したがって、これは直訴という形式はとらず、通常の訴願であることがわかる。 マフダルは、調査記録である。すなわち、訴願が起こされたことにより、本件を担当する裁判官が任命される。裁判官はまずその事実関係を関連する文書などを手がかりに詳細な調査を実行する。その調査に基づき本件の裁決を行うのであるが、マフダルは、その調査から裁決に至るまでを記録したものである。本研究により、これまでほとんど研究されることのなかったマムルーク朝時代における訴願の実態の一端にふれることができた。 以上の成果を、文部省新プロ方式研究「現代イスラーム世界の動態的研究」6班の第二回オスマン文書研究会発表し、論文「マムルーク朝時代の法廷文書-マフダルの事例から-」『中央大学文学部紀要』(史学科)第46号にまとめた。
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