中国独特の親族組織(kinship organization)である宗族(1ineage)は、10世紀つまり宋代に入って、新たな展開を見せたといわれ、その新しい時代における宗族の特色として、意識的な組織化が挙げられる。その組織化の徴表として、80年代以降の研究において祠堂(祖先祭祀施設)・族産(一族共有の財産)・族譜(一族の系譜を中心とした一族に関する記録)を指摘することが研究者の共通理解になってきている。そして、興味深いのは、それらの徴表が11世紀半ばに相次いで出現したことであろう。ところで、宋代以降の族譜(「近世譜」)の模範となったのは四川出身の蘇洵と江西出身の欧陽脩の族譜といわれる。本研究課題は宋代の江西と福建の宗族に関する基礎的な考察を進めるところにあるが、本年度は、「近世譜」の基礎を築いた一人の欧陽脩に焦点をあて、彼がどのような意図から自己の族譜を編纂しようとしたのかを中心にして検討を加えた。彼は、人生の後半時期になって、知己や肉親の死に遭遇し、また彼自身の政治的不遇や病魔に遭うことによって、自分を内面から支える思想を求める思索過程の中で悠久の血の繋がりの結果としての宗族に行き当たったのであり、それが自己の一族の族譜を編纂する大きな動機となった。しかし、族譜編纂の動きは、11世紀半ばの士大夫たちの自己探しの動きに連動していて、彼の営為と主張は受け入れられ、彼の族譜を模範とする族譜編纂の社会的動きとなっていった。
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