研究概要 |
本研究は,14世紀半ばの『金印勅書』の成立から15世紀半ばに至る約1世紀間のドイツの政治と政治思想の複合的な状況の究明を目的とし,中世後期(14・15世紀)に志向された諸侯主導下の帝国国制の展開と,「王権と帝権」及び「王国と帝国」に関する政治思想との錯綜,この時期を特徴づける『金印勅書』体制下での「帝国改革」の理念と現実の相克,等を解明しようとするものであった。更にimperium,reich等の特定の概念・用語の意味内容を検討することにで,当時の理念史・思想史の状況の解明をも目指して,中世後期ドイツ史を一貫する,帝国と王国,皇帝と国王の理念の厳格な峻別の一方での相互浸透とを究明し,当時のドイツ人の「帝権・帝国史」の意識が内包する矛盾を解明し,15世紀の「帝国改革」の理念と現実を検討した。具体的には以下の研究に結実した。 (I)「『金印勅書』体制」下での,14世紀後半から15世紀初頭における選帝諸侯の動向について,特にライン河地域の四選帝諸侯(マインツ・トリーア・ケルンの三大司教とライン宮中伯)の政治的・経済的利害に即して史料分析を行い,彼らの主導した選帝侯同盟や国王ヴェンツェルの廃位・新国王選挙について解明し,同時にルクセンブルク家の側の利害とも対照させた。これらは二つの論文として,本学の学部紀要に成果を発表した。 (II)教会改革と帝国改革の緊密な関連という視点から,15世紀初頭のコンスタンツ公会議で改革派をリードした枢機卿フランシスクス・ザバレッラの公会議主義と教会改革に関する姿勢を,オッカムのウィリアムや特にパドヴァのマルシリオの先駆的公会議主義者の理論とのつながりにおいて究明し,その成果を論文集中の一論文として発表した。 (III)1439年頃成立したとされる帝国改革文書『ジギスムントの改革(Reformatio Sigismundi)』を主史料として分析し,コンスタンツ,バーゼル両公会議,ルクセンブルク王朝後期からハプスブルク王朝初期にかけての時期の「教会改革」と「帝国改革」の動向,それへインパクトを与えた教会公会議や帝国内部の諸状況,更に加えて16世紀初頭の宗教改革やドイツ農民戦争の勃発への歴史過程における都市市民層の台頭,等を関連づけて,先行研究を批判的に消化・摂取しつつ,『同改革』の写本・刊本としての伝播や伝来文書間の内容の異動に注目して究明した。これは研究成果報告書に示す通りである。
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