宮廷宦官についての先行研究は、初期及び中期ビザンツの宮廷宦官の爵位及び階級の分析、更には行政機構上の職務内容の分析と説明を中心としたきた。 即ち宮廷宦官は、皇帝の身辺警護兼側近として、宮廷儀式において「神と同等の地位にある皇帝と人たる臣下との間を仲介する存在」として、更にはギュネカイオンにおいて宮廷の女官の使用人として重宝された。だがこれまでの研究では宦官志望者の動機は解明されていない。本年度は、こうした先行研究に欠落していた宦官志望者の動機の分析を行った。ビザンツ宮廷において宦官となったのは、老若を問わず、奴隷と自由市民である。何よりも奴隷身分の者にとって、宦官が魅力的であったのは、宮廷宦官となった瞬間に、法的身分保証を得て、奴隷から自由身分になれたことである。更に自由身分の者を含めて、宮廷宦官は中央政府の階級制度に組み込まれ、諸特権を得て、自らの才覚により、皇帝・皇后或いは権力者グループと結びつき、社会的上昇、即ち出世する事が可能であった。宦官志望者は、高い教育や軍事的訓練を経なくても、単に宦官であると言うだけで出世の道を歩むことができた。そこに宦官になる、就中宮廷宦官になる大きな魅力があった。つまり宦官志望者は、自らの男性を放棄し、その代わりに出世を得ようとする男性であった。ビザンツ宮廷で宦官が多数存在したのは、先行研究で指摘された上記の理由以外に、自らの男性を放棄し、代わりに宮廷での出世を望む人間が多数いたことにも依る。
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