この研究を通じて、19世紀後半から20世紀初頭にかけての、ドイツを中心としたヨーロッパの都市労働者層の食生活の実態を解明することができた。具体的には、同時代の官庁や労働組合が実施した家計調査や、その他種々の杜会調査を史料として、個別的な食品の消費量をできるだけ正確に把握しようとつとめた。その結果、ドイツについてはパン、麦粉、ジャガイモ、肉、バター、砂糖、ミルク、卵の8品目について平均の消費量を得ることができた。摂取カロリー量については、ほぼ2500kcalを越え、栄養学的には必要量は十分クリアしていることがわかった。しかし他方、社会的較差や家庭内の較差(成人男性が動物性食品を独占すること)など、より細かな数値については、今後の検討の課題として残っている。また、ドイツ国内の地域間較差も非常に大きいことがわかった。とくに、バイエルンなど南ドイツは、その他北・東・西部と比べ独特の食文化の伝統があり、ジャガイモの消費量が少なく、逆に麦粉やミルクの消費量が多いというような傾向がみられた。 またイギリスについても、同様の家計調査が同時代に数多く実施されており、それを分析したいくつかの研究をもとにして、平均的な労働者層の食生活の実態を把握しようとした。それによると、カロリー摂取量はドイツより少なく、2000kcalを少し越える程度であった。また、パンの消費量はほぼドイツの労働者と同じであるが、肉と砂糖についてはイギリス労働者のほうが多く、逆にジャガイモとミルクについてはドイツ労働者の方がずっと多い。そして特徴的なことは、イギリスの労働者では家計収入の多寡による食物摂取量の較差がドイツより大きい、すなわち、社会的較差が大きいことである。 以上のように、ドイツとイギリスについての都市労働者層の食生活の実態について、ある程度のことが解明できたが、今後はより緻密な分析をすることも必要だと思われる。
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