日本列島における人類の歴史がこれまでの常識よりも大きく遡る可能性が高まった状況にありながら、肝心の主人公である旧石器時代の人類化石に関する学術調査による発見は現在までにほとんど報告されておらず、日本列島の旧石器時代人の系統や進化の実態については、全く手がかりのない状況が続いている。そこで、東北旧石器文化研究所と東北福祉大学考古学研究会、地元の研究者らに呼びかけ、ひょうたん穴遺跡調査団を組織し、1995年から旧石器時代の化石人骨発見を目指して学術調査を実施した。この間、人類学・古生物学・地質学・地形学・年代測定学など多くの分野との学際的研究による様々な成果は今後の考古学における調査・研究方法のあり方として新しい方向性を示した。 ひょうたん穴遺跡が位置する岩手県岩泉町一帯は国内最大規模の石灰岩地帯で、大小さまざまな洞穴や岩陰が存在している。標高178mに立地するひょうたん穴遺跡は現河床面との比高差約50mで、高位段丘群形成期以前に侵食され、少なくとも30万年前には開口していたと考えられている。 ひょうたん穴洞穴は間口・奥行約20m、高さ約10mで、最奥部に幅約10m、奥行約4m、高さ約3m.の小洞穴が付随している。1995年の第1次調査では斜軸尖頭器などの石器とクマの臼歯(C区6層)が、1996年の第2次調査では石器とシジミ(A区18層)、局部磨製石斧(D区3層下部)などが発見され、1997年の第3次調査でもA区18層やE区6層などで石器が出土している。 1998年の第4次調査では、洞穴最奥部(F区)で東西80cm、南北60cm、深さ45cm土坑が検出され、中から斜軸尖頭器などの石器とシカの肋骨が発見された。A区18層でも石器が発見され、ひょうたん穴洞穴の下位約22mに位置する岩陰では、石器とシカの骨片が発見された。 1999年の第5次調査では、A区で縄文時代早期の条痕文土器、ひょうたん穴式の無文土器、骨針などの骨角器や貝製平玉などが層位的に出土した。縄文時代早期以前と考えられる無文土器も出土している。F区5層では狭い範囲に石器が集中して発見された。また付近からシカ・カモシカ・クマの骨が出土したことから、食料の残滓と道具としての石器が共伴した国内最古の事例と考えられた。F区3層では現生種ではない可能性のある大型のイノシシ目の大腿骨が出土し、同様に石器との共伴例と考えられた。 これらの調査により明らかとなった、獣骨と小規模な石器集中地点が共伴する状況や、土坑内の遺物の状況などから、ひょうたん穴洞穴の最奥部が何らかの儀礼的な行為に関わる場であった可能性が考えられた。また、洞穴中央部では縄文時代早期の土器・石器・骨角器などの豊富な遺物と共に獣骨が多量に出土し、当時の食生活に関する豊富な情報を得ることができた。
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