平安時代の古辞書『新撰字鏡』について、まず倭訓の全項目をカードに記録し、そこの諸本の対校を施した。『新撰字鏡』は、天治年間(1124〜1126)に書写されたとされる十二巻の広本の転写本と、享和3年(1803)刊の一巻本に代表される数種の抄本があり、それらの校異は既に山田孝雄の『新撰字鏡改異』があるが、それに新しい知見も含めた校異がカードに示される。 また、原本系『玉篇』巻子複製本のすべてを複写し、仮製本として使用の便をはかると共に、本研究に協力を得られそうな各方面に配布した。原本系『玉篇』は『新撰字鏡』の出典のういち玄応撰『一切経音義』『音韻』と共に主要な文献であるが、子年度刊行の貞刈伊徳『新撰字鏡の研究』によってもその引用の実態の明確でない文献である。現存残巻の項と『新撰字鏡』の比較によって、引用のあり方がほぼつかめると展望している。次に論文の中で倭訓の考証を行い、萬貫圧和歌に適用、新しい解釈を得た。例えば、「蹈」にフミナヅサブの訓のあることから、躍るように体をゆすりながら動くのがナツサタの義で、水中を移動する義といろいろ通説は訂正される。またそれは平安時代の『源氏物語』の表現にも応用され、これまで文脈理解によって解されていた箇所を正すことができた。 古辞書の訓話は、ことばの正確な意義を明らかにする確かな方法である。
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