平安時代の古辞書『新撰字鏡』について、その資料的検討を続けてきたが、本年度は十二巻の広本と一巻の抄本とが、倭訓を含む部分について対校できるように整え終わった。さらに、大正時代に山田孝雄によって行われた校訂作業、また江戸時代に伴信友らの行なった校訂作業をも一覧できるようにカードを作成した。次にそれら倭訓が古代日本語資料のどこにどのように分布するかを一覧できるように、その本文批判を行った上で、用例の採集を行いつつある。 一方、倭訓がどのように付されているかという訓詁に属する作業として、『古事記』『萬葉集』を中心に問題となる表現を取り出し、それについての訓詁攷証を、古辞書を参看しつつ行う方法によって、幾つかの成果を上げることが出来た。例えば、『古事記』序文は『古事記』の成立事情を述べるものだが、その用語についての攷証を行うことを通して、文を正確に読み、成立についての恣意的な解釈が成り立たないことを示し、成立論の基礎を与えた。また『萬葉集』の歌の解釈に基づいて通説とされてきた幾つかの語義を批判的に訂正することが出来た。 本研究の成果と並行して、先年より続けてきた訓詁の研究会を本年も続け、十名の若い研究者に、上代日本語資料を訓詁学的に対象とする方法的な指導を行ってきた。そちらの方もほぼ順調に進み、本研究のプロジェクト終了後も、同じ方法に基づく研究の継続・継承が望まれる。
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