江戸期流行歌謡はきわめて多岐にわたり、その資料も枚挙に遑がない。具体的には巷間で流行した俗謡、遊里でのはやり歌、さらには民謡(近世民謡)や童謡(近世童謡)などがある。そのような中で、本研究では従来ほとんど問題にされることのなかった、画賛に書き入れられた歌謡を当面の中心テーマとして取りあげることとした。画賛の中でも、本年度は主として禅僧が描いた絵画(禅画)に書き入れられた画賛に焦点を合わせて研究を進めた。具体的には江戸時代中期の禅僧で、臨済宗中興の祖と称される白隠慧鶴の禅画を博捜し、江戸時代の流行歌謡が画賛として書き入れられている例がきわめて多く存在していることを指摘し、その意味するところを考察した。その研究成果については、京都の花園大学・禅文化研究所発行の季刊雑誌『禅文化』に4回にわたって連載した。また、江戸時代後期の臨済宗の禅僧であった仙〓梵の禅画に書き入れられた流行歌の画賛についても同様に調査し、『大阪教育大学紀要(第I部門・人文科学)』に発表した。 一方、江戸期に大量に残された商人の売り口上の歌謡(物売りの歌)と、商人の売り口上を歌謡に仕立て直した歌(売り声の歌)について、今後考察を進めていくための基礎的な道筋を付けた論文を『藝能史研究』誌上に発表した。次年度以降のひとつの大きな研究課題として、この商人にかかわる歌謡が浮上してきている。今後、さらに考察を深めていきたい。
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