人民共和国建国後の中国では「少しでも批判的で諷刺的ニュアンスを帯びたものは、全てよからぬ下心があるとみなされ」(劉賓雁)、過酷な弾圧を受ける、という状況が続いてきた。しかしこの厳しい環境のなかにあっても、巧妙且つ辛辣な諷刺を行い、中国人のしたたかな批判精神を示す文学者や芸術家が存在する。本研究は、このような人々の小説や文学論を対象にして、現代中国における諷刺の「諸相」を明らかにしたものである。 このうち小説に関しては論文「現代中国の"諷刺小説"-『馬識途諷刺小説選』(『愛媛大学法文学部論集人文学科編』5号)で、文学論に関しては論文「建国後の老舎に関する考察」(同前7号)などにおいて、その成果を公表してきた。 こうした研究において研究代表者はまず、四川省の党・政府機関幹部でもある作家・馬識途が、「腐敗」を中心にした社会問題を告発する諷刺小説を発表し続けたことを明らかにした。この点については研究成果報告書の論文「小説創作における諷刺-『馬識途諷刺小説選』」に詳しい。 次に文学論については、人民共和国建国後の老舎の主張を取り上げて研究を行った。建国後の老舎については、政府の政策や幹部を賛美する「歌徳派」としての道を歩んだという評価が定着している。しかし同時にかれは諷刺文学の創作に多大な関心を寄せており、特に「百花斉放、百家争鳴」期においては徹底した諷刺の必要性を強調している。研究成果報告書収録論文「文学理論における諷刺-老舎と諷刺」は、かれの言説の変遷を辿りながら、老舎の「諷刺文学論」についてその特徴と本質を明らかにしたものである。 さらに研究成果報告書は、日本では殆ど知られていない馬識途の基本資料(馬識途略歴、同著作目録、同研究文献目録)及び老舎の諷刺文学論の翻訳と原文とを掲載し、二年間にわたった研究の全容が理解できるようにしている。
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