本研究は言語の語彙構造と統語構造の関係を経験的及び理論的観点から考察することが目標であった。研究は次の手順で行われた。まず研究対象を主に日英語の構文の交替現象に絞り、これに関する経験的データを収集し比較研究を行う。そのデータに基づき、交替現象を示す動詞について統語的・意味的観点から類型論的研究を行い、それぞれのタイプの動詞の特性を明らかにする。さらに、この段階で明らかになった動詞の統語的・意味的特性がどのように計算システムである統語へと関係づけられるのかを、極小主義の枠組みで考察する。 今年度は、昨年度行った日英語の動作の様態や音放出動詞の非対格性の交替現象に基づくゼロ形態素についての考察を、使役動詞構文や中間態構文等の交替現象にも広げ研究を行った。あるタイプの動詞の派生には、それ自体意味構造を有するゼロ形態素が関与しているという仮設をたて、この仮説を経験的に支持するデータを収集・分析した。 この経験的研究は、いわゆるリンキング問題をどのレベルの問題としてとらえるかという辞書と統語論の関係についての理論的研究へとつながっていく。中間態構文などの交替現象では交替を示す二つの構文間で同一の動詞が異なる項構造をもつように見える。本研究は、Levin & Rappaport Hovav(1998)のように辞書における余剰性規則の類の規則を仮定するのではなく、むしろ各言語の辞書はPesetsky(1995)の意味でのゼロ形態素を何タイプか持っておりゼロ形態素が交替現象に深く関わっているという立場を支持するものである。このような動詞の交替現象に関する経験的研究が、Chomsky(1995)が提唱する句構造に対する極小主義のアプローチであるBare Phrase Structure理論にどのような意味合いをもつかを探ることが現段階での課題である。
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