1. 人類史上未曾有の変化が各分野で生起しつつあった20世紀初頭の人びとの心性にあって、特徴的に認められるのは、なにものかの喪失という精神外傷的な経験、もしくはそのことをめぐる漠然たる不安であったと考えられる。じゅうらいこの点については、伝統的な価値観の崩壊という全般的事象として捉られることが多かった。しかしながら、本研究においては、瓦解、解体として語られる多くの出来事をいま少し個別化して考える必要性が浮上し、その際に要求される方法論の厳密性が検討されつつある。 2. 上記の問題についてより具体的に考究を加える目的で、今後仔細に分析されてゆくべきいくつかの主題が明らかとなった。すなわち、「歴史哲学、科学的認識論などにおける目的論の退潮」、「音楽における調性の崩壊」、「文学的フィクションにおけるいわゆる全知の視点の消滅」などといった個々の事例である。 3. 以上との関連で、とくに注目されるのは、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての時期に登場してくる未来予測にかかわる幾多の言説である。すでに触れたような理由から、19世紀までとは大きく異なり、未来を確定された終局として想像することのむずかしくなった時代でありながら、知識人が近未来にかんするなんらかのヴィジョンを呈示しようとする積極的姿勢は、過去に認めることのできぬほどの熱を帯びていた。これは、時代の不安と知識人の使命について考察しようとする場合に看過することのできぬ、きわめて興味深い徴候といえるであろう。
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