研究概要 |
本年度の主な研究目標は次の2点であるが,それにそって以下のような研究業績をあげた. 1.「アイデンティティの政治」の理論化 (1)『思想』誌上に「アイデンティティの倫理-差異と平等の政治的パラドックスのなかで」を発表した。通例「アイデンティティの政治」が言挙されるが,「差異」は主張は,差別の解消を求める「平等」と齟齬をきたし,多文化主義のなかでその逆説が指摘されている。当論文では,差異を人のなか,集団のなかの亀裂や非連続としてとらえ,それを「倫理」として理論化した。同号にS・ベンハビブの「性差と集団的アイデンティティ」の訳出を提案し,その解題を付して問題を明確化した. (2)『構造主義とは何か』においては,アイデンティティ(同一性)の問題を,資本主義,本質主義,社会構築主義が交差する概念として提示した。異性愛主義をめぐる同一性の脱構築に焦点を当てた。 (3)『現代思想』のバトラー特集の編集に協力し,普遍性の再定義をめぐるアイデンティティの位置と表象について対談で検証した。バトラーの掲載論文を選別し,解題を付した。 2.資料収集と外国人研究者との交流 昨年から引き続いて,セクシュアリティの出版物の収集は進んでいるが,海外に直接出向いての収集は,原稿執筆を優先させたためにまだ不十分である。K・カルース,E・K・セジウィック,D・コーネルなどの講演会には積極的に参加・企画している。 本年度の成果でもう一つ付け加えなければならないのは,『フェミニズム』を上梓したことである。本書はフェミニズムの歴史的位置づけと問題点を解析する第一部と,現在の課題を考察する第二部からなるが,双方において「身体」「習慣」「グローバル化」が重要な軸であることを明らかにした。とくにグローバル化はあたらしい問題系であり,今後さらに論考する必要がある。
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