研究概要 |
本研究では、Mark TwainのThe Adventure of Tom Sawyer,Adventure of Huckleberry Finnにすでに現れていた、思春期少年の性アイデンティティにまつわる不安が、世紀転換期の通過点に位置するL.Frank BaumのThe Wizard of Ozで、男性性の表象に継承されていることを検証した。その後、J.D.SalingerのThe Catcher in the RyeとRobert CormierのThe Chocolate Warの思春期文学に継承された同種の問題が、第二次世界大戦後のアメリカ社会の思春期少年の性アイデンティティ危機の問題として投影されていることを、John KnowlesのA Separate Peaceのテキスト分析で示した。少年の「無垢の喪失」という文学的テーマが、大戦後「大人」として覇権主義をとるアメリカの国際的立場ゆえに、政治的意味合いを濃厚に帯びたことを、テキストの社会文脈的読解で示した。さらに、黒人作家Walter Dear MyersのScorpionsでは、伝統的アメリカの物語のヒーロー像から「他者」として排除されてきた黒人少年を扱った。白人「アメリカのアダム」の「無垢の終焉」は、植民化され差別されてきた黒人にとって、白人中心の伝統的アメリカの物語の解体を意味し、それに伴い、黒人主人公の性アイデンティティ確立についての独自の物語(ナラティヴ)が黒人の「声」で語られる。 アメリカン・ヒーローの男性性に生ずる不協和音や不安は、WASP男性によるアメリカの物語の変質と大きく関わっていることが明らかとなった。アメリカの物語の主筋に与える「他者」の影響が、プロットそのものを変質させるにつれ、伝統的アメリカン・ヒーローの男性性も変容を迫られる。換言すれば、アメリカ社会が人種的、性的他者の権利を承認し、アメリカの国民性に「他者性」を容認する従い、帝国アメリカの「男性性」が変容せざるを得なくなり、アメリカン・ヒーローの男性性も変化するのである。
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