第一に、今年度はJ.D.Salingerの作品を中心とした研究を行った。特にSalingerの初期作品の主人公、Babe Gladwallerの物語り群と、Tim O'BrienのIf I Die in a Combat Zoneとの比較において、第二次大戦期の主人公とベトナム戦争期の主人公がどちらも<普通の兵士>に設定されているにもかかわらず、前者ではそのことが主題の障害になるのに対し、後者では主題提示上不可欠な要素である点を、戦争の質の違いと戦争に対するアメリカ市民の認識の変化という観点から論じた。また、両者において家族関係のあり方が変化している点にも留意し、それが主人公の資質にどのような影響をもたらしているか考察した。さらに、Salingerの主人公の結婚に対する態度と同時代の他の作家Saul Bellow、Bernard Malamud、PhilipRothの結婚に対する態度とを比較し、1950年代から1960年代にかけての主人公の資質を、結婚と家族のありかたという点からも考察した。 第二に、今年度が本研究の最終年度にあたるため、アメリカ文学の今後の動向を探る研究を行った。その際、まず新しい文学理論の流れを学ぼうと、これまでにも読み進めてきたポストモダンを代表する批評書を読んだ。そのうえで、HeideggerやDerridaの影響を受け、現代作家の中でも特に未来的な可能性を感じさせるWalter Abishについて研究し、彼の新しい資質とその可能性について論じた。なお、この研究に関連して、7月に直接Abish氏にインタビューを行い、入手できていなかった資料を頂くとともに、作品の制作意図などについての貴重な情報を収集した。
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