11年度は、ウォラス・アーウィンの未発表資料が保存されている米国カリフォルニア大学バークレー校のバンクロフト図書館で資料調査研究を行った。この調査によってこれまでほとんど知られていなかったアーウィンの伝記的事実を発掘し、また彼の「日本人学僕」シリーズには単行本化された四冊以外にも雑誌掲載された複数のシリーズが存在し第二次世界大戦の頃まで続いたこと、ならびに時代とともにその「日本人学僕」の担う意味合いが微妙に変化した軌跡をあとづけることができた。明らかになった伝記的事実によれば、アーウィン自身、兄のウィル・アーウィン共々、スタンフォード大学の前身であるスタンフォード・リーランド・カレッジに在学中は学僕(スクールボーイ)並みの勤労学生であった。この事実は、日本人学僕シリーズにおける、主人公ハシムラ東郷とその従兄ノギという組み合わせを初めとして、このシリーズに想像以上にアーウィンの自伝的要因が含まれていることを示唆する。この学僕シリーズは従来、黄禍ならびに日本人批判の一部とみなされ、アーウィン自身と主人公ハシムラ東郷との距離が強調されてきたが、むしろその近さ、異人種・異文化間でのアイデンティティ形成の問題としても論じられる必要があることがこの調査研究ではっきりした。 さらに、今回の未発表資料調査の収穫には、同時代の読者層のアーウィンがどのように受容されていたかを知りえたことも含まれている。興味深いことに、学僕シリーズに関しては、実在のアメリカ在住の学僕からもファンレターが寄せられ、日本の雑誌『実業乃世界』もかなり好評したとの報告をアーウィンは受けている。その反面、現在でも黄禍小説のひとつと悪名高い彼の『太陽の種子』に関しては、当時から反日小説として批判の的であったこともわかった。アーウィン作品の日本における同時代受容に関しては引き続き追跡調査の予定である。
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