本研究の目的は、アメリカ文学にみる日本人表象の分析である。排日・反日傾向がいやましに高まった時代1890年--1930年をとりあげ、「日本人」のふりをした二人の作家、ウォラス・アーウィンとオノト・ワタンナに焦点をあてた。 ウォラス・アーウィンは日本人学僕「ハシムラ東郷」を自身の苦学生としての体験をもとに作り上げた白人のユーモア作家である。出稼ぎ書生とも呼ばれた日系一世たちは、アメリカへの日本人移民のパイオニア的存在で、学生と家庭内未熟練労働者の二足のわらじをはいたが、彼らは往々にして日本では中産階級に属す、高学歴者であった。アーウィンは、その日本人学僕に、苦学した自身の経験を重ねて、絶妙な語り手を作り出した。鋭い視点、ユーモアの感覚、旺盛な好奇心を兼ね備えた東郷は、1910年代に人気の頂点にのぼりつめた。階級差を体現するペルソナとして作り出された東郷は、それでも「日本人」という設定ゆえに、「日本人英語」をはなし、性的に無害な男として描かれた。またアーウィンは代表的な反日小説『太陽の種子』の作者となり、そこにもうひとりの雑働き「ヘンリー・ジョンソン」(日米混血児で反異人種間結婚者)を登場させた。アーウィンは英語と日本語の間をとりもち、そうすることでアメリカ人と日本人の間の文化や考え方の違いを際だたせるという、いわば異人種間(ディス)コミュニケーションの体現者といういまひとつの自画像をこのジョンソンのうちに描き出した。 アーウィンのハシムラ東郷が「性」を抑圧されて描かれていたすぐ隣で、ピエール・ロティのお菊さんやロングの蝶々夫人のような、「性」に縛られた日本女性のステレオタイプが登場していた。東郷はそうした女性像に対して異例なほど無口で通したが、同時代に日系作家というふれこみで、ユーラシアン、異人種間結婚、国際結婚をめぐるロマンスを書きアメリカ文壇を席巻した、実は中国系のカナダ人作家オノト・ワタンナは、そうしたステレオタイプに異議申し立てをし、菊と蝶々を越える新しい日本人女性像を作り上げた。
|