一昨年度、昨年度、および今年度の科学研究費により収集することができた多数の日系カナダ文学作品や文献・資料を引き続き読み進めつつ、申請者はアイデンティティの問題を巡る理論的枠組を構築しようと、アジア系アメリカ、およびアジア系カナダ文学を視野に入れながら、歴史的背景を考察し、またポストコロニアル理論などを応用して日系カナダ文学に表わされているアイデンティティの分析・考察を進めている。強制収容という日系人特有の歴史的経験や、セクシュアリティにまつわる心の問題がアイデンティティの形成、変化と関わってどのように作品に描出されているかについても日系アメリカ文学作品と比較しながら考察を行ってきた。 立命館大学言語文化研究所「日系文化研究会」の九月合宿において、「Roy Kiyookaのこだわり-Mothertalkを読む」と題して二世作家ロイ・キヨオカのMothertalkを取り上げて、キヨオカの日系人としてのアイデンティティ認識が、作品の語り手である母親の「日本人性」に反映されている様子を分析した。また、いわゆる「文化ナショナリスト」と最近呼ばれているアジア系アメリカ人作家のアイデンティティとキヨオカのアイデンティティ認識表現を比較するとともに、それとは対照的な日系およびアジア系カナダ新移民作家の描出するアイデンティティを比較した。 「日系文化研究会」を母体とする「リドレス運動から再定住まで」のプロジェクトにおいても、意見交換を行ってきているが、カナダにおけるリドレス運動から再定住までの時期におけるロイ・キヨオカの作家活動、および他の「見えない」作家の作品を「発掘」して、この時期の日系カナダ文学の全貌を知る必要が痛感されて、マイクロフィルムでそれらを調べており、来年度も引き続きこの作業を続けていく予定である。
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