研究概要 |
本研究では、自然言語の肯定極性文脈と否定極性文脈がどのような関係にあり、母語話者がそれらをどのように認知・認識しているかに関して、そのメカニズムの解明を試みた。本研究の出発点はvan der Wouden(1997)である。彼は、オランダ語の否定文脈は、弱い方からmonotone decreasing(MD),antiadditive(AA),antimorphic(AM)というブール特性で定義できる3つの階層をなしており、これは他の言語にも適用できると主張する。この分析の他の言語へ適用可能性を検証することによって引き出された結果は、次のようにまとめられる。 (a)英語母語話者は、否定文脈の認識に関して、上記3特性ではなく、本研究で定義した二重否定(DN)特性に敏感に反応する。(b)英語の否定極性項目(NPI)は、最も弱いMD否定文脈にまで現れるNPIが多く弱いNPIの方に大きく片寄っている。(c)日本語母語話者は、否定文脈の認識に関して、AM特性とDN特性に敏感に反応する。(d)日本語のNPIは、最も強いAM否定文脈にのみ現れるNPIとDN特性が成立する否定文脈に現れるNPIまでが観察され、それより弱い否定環境には観察されないという意味で強いNPIに大きく片寄っている。(e)日本語には、オランダと語同じく、肯定極性項目と否定極性項目の両方の特性を併せ持つ両極項目、即ち、monotone increasingの肯定文と最も強いAM否定文脈には現れないが、その中間に位置するMD文脈とAA文脈にのみ現れる「一滴でも」のような両極項目、が存在する。 このように、極性とは、否定と肯定を両極としてその中間値を許す段階的に移行するスケールであり、何を否定環境と認識するかという外枠は共通だとしても、その中の強さの違いを認識する仕方は、どの言語の話者であるかによって異なっていることが、本研究によって明らかになった。
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