平成12年度はまずグレイがイギリス詩史の執筆を試みる上で抱いていた文学および文化に対する問題意識を、当時の文学概念の動向と照らし合わせて検討した。彼が詩の起源をギリシア・ローマの古典世界だけでなく、イギリス土着の古詩に求めたのはなぜなのか。昨年度の基礎研究を元に、当時の伝統的な文学概念の発達とグレイの詩観との関連について「トマス・グレイとイギリス文学史をめぐる概念の発達」と題して『大阪経大論集』に発表した。また晩年に交友があったビーティーをとりあげ、彼が代表作『ミンストレル』を執筆する上でグレイから具体的な内容についての助言をうけている点を考察した。彼の描いた吟遊詩人は後にワーズワスが描いた『逍遥』における旅商人の哲学に共通する自然と人間との関わりを歌い重要である。 夏期休暇には、書簡集のコンピュター入力および編集を補助作業者に依頼して一応の完成をみることができた。資料が大部なため完成までに多大な努力を要した。今後は検索など研究上の大きな支えになると期待している。 さて本年度は研究の最終年度にあたるので、後半ではグレイの古詩執筆の経緯とともに古詩復活の現象として1760年代に輩出した古詩収集家たちがグレイとどう関わったかを通観し、彼らがグレイに相談を持ちかけ、助言を求めていた状況を報告冊子にまとめた。しかし、グレイがこれらの詩人と古詩についてどう議論したかについてはさらに綿密な資料の検討が必要であり今後の課題として残されている。この他にグレイに関わるものとしては、18世紀の叙景詩の観点からグレイの「挽歌」の特徴を考察した論文を執筆中である。 当該研究ではグレイが詩史執筆を試みる上で、早くにプリミティヴィズムなどの新しい詩観を唱え、またその学識によって古詩復活の上で指導的な役割を担っていた点を明らかにしようと努めた。グレイの晩年の活動は過小評価されがちであるが、自然とともに素朴に生きる人間というロマン派のひとつの理想像が打ち立てられていった過程で彼の古詩研究が果たした役割は看過できないものであり、今後再評価を引き続き行っていきたい。
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