当該研究者の研究目的は、現在ではまったく読まれることのない北アイルランド出身の小説家ジョージ・A・バーミンガム(1865-1950)の作品の意義と価値の追究であった。バーミンガムは、プロテスタントの家庭に生まれながら、当初はナショナリストとしてアイルランドの完全独立を訴える小説を書いた。しかし、それらの作品から読み取れるのは、ナショナリスト、ユニオニスト双方の主義に正当性が見られるために、この問題の解決は難しいということだ。以後、彼は、双方が己の主義に固執している限りはこの問題の解決はありえないと悟り、「何事も気楽に考えよう」と、融和を願う善意に溢れるユーモア小説を書き続けた。 研究の方法としては、バーミンガムの価値を解明するためには他の作家との比較も必要と考え、他の北アイルランドの小説家の作品も読み続けた。北アイルランドでは、詩と演劇に比べ、小説は軽視されているが、実は数多くの意義深い小説が書かれていることが判明した。多くの小説家たちは、彼らなりの方法で、いかにすればナショナリズムとユニオニズムのボーダーを越えられるかを模索している。中でもグレン・パタソン、ロバート・マックリアム・ウィルソン、ディアドラ・マドゥンらの小説は、このふたつの主義に囚われぬ北アイルランドの多様性と可能性を示唆しているといえよう。 この4年間、バーミンガムと他の北アイルランド小説家を読み続けて来て判明したことは、彼らの作品は、北アイルランドという一地域の問題を描写しながらも、世界に通ずる普遍的訴えを備えているということだ。4年間の研究成果は、「北アイルランド小説の可能性--「融和」と「普遍性」の模索--』と題して、一冊の研究書にまとめる予定である。
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