本年度の実施計画として掲げたものは、「有機体」表象をめぐる20世紀思想の展開を追及することであった。そのうち次の項目について研究を進めることができた。 1.水田は、前年度に引き続き、18世紀から19世紀にかけてのバーク、カント、ヘルダーリンなどにおける崇高論-悲劇論と有機的思考の関連、ゲーテのゴシック論における有機的思考を研究する一方、それと平行して、20世紀前半の政治社会的危機に対してベンヤミン、シュミットが展開した思考を研究した。その結果、有機的なるものをめぐる思考のなかに、相反するふたつの傾向の葛藤が存在し、それが18世紀から20世紀までドイツ語圏の思想の核心部分を形成していることを確認することができた。すなわち有機的思考が共同的な領域、個的な領域の二面にわたって「表象」の形成に寄与する一方、同時に反有機的思考、反表象的思考の系譜が生み出されていることである。 2.廰は、前年度のテンニースやウェーバー、ジンメルなどの20世紀初頭におけるドイツ社会理論の「有機的」概念をめぐる考察をうけて、この「有機的」表象が社会理論においてはいかなる概念に収斂するのかについて研究した。それは、近代社会の合理性と物象性に対抗し、自・他の有機的結合と生の創造性を保持し得る場としての「日常」である。この収斂の事情は、従来の社会思想研究において必ずしも明らかにはなっていなかったが、廰はとくにジンメルを継承してその社会理論を「日常」概念に集約しようとした20世紀初頭の知られざる思想家であるN.アインシュタインの社会学構想に着目することで、その間の事情を具合的に解明することができた。
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