本研究は、明治時代のドイツ語教育において重要な役割を担った学校を中心に述べたものである。取り上げた学校は、大学南校、山口(長州)の独逸学校、旧東京外国語学校、本郷・独逸学校、第五高等中学校、陸軍幼年学校の6校である。 明治初期のドイツ語教育の最重要機関であった大学南校については、従来の研究に負うところが多いが、『南校一覧』(明治5年)により独逸学の在学者名簿を明らかにし、スイス人教師ヤーコプ・カデルリーについての小文を添えた点はやや新しいであろう。長州はいち早くドイツ人教師を招聘し、独逸学を起こした。山口県立文書館所蔵の史料により、その実体を明らかにした。明治前期のドイツ語教育にとって最も重要な学校は旧東京外国語学校の独語科である。『東京外国語学校一覧』(一橋大学付属図書館蔵)その他の史料により研究した成果の一部を、アジア地区ゲルマニスト会議(99年8月)で独語発表した。明治11年に東京・本郷台町に開設された私学の独逸学校は、東京大学医学部入学希望者を中心として、ドイツ語を学ぶために多くの生徒が集まった学校である。これには東京都公文書館所蔵史料が役だった。旧制高校とドイツ語は密接な関係があったが、今回は第五高等中学校における独語教育について考察するにとどまったが、初代独語教授の賀来熊次郎の小伝を初めて明らかにした。旧制高校のドイツ語教育は重要なテーマであるので、今後も研究を続けたい。陸軍幼年学校におけるドイツ語教育について 今後これらの論考に加筆して、また他の論文も加えて『明治ドイツ語教育史の研究』として単行書にまとめる予定である。
|