日本語を母語とする幼児の音韻獲得において、もっとも逸脱が多いものは、ラ行音、サ行音、そしてカ行音である。本年度は、これらのうち、ラ行音の機能的構音障害を、言語学音韻論から分析した。先行諸研究からの記述的データを検討すると、ラ行音障害には、2つの典型的なタイプが存在することが、判明した。ラ行音とダ行音が相補的な分布を示すタイプと、ラ行音がすべてダ行音に置き換えられるタイプである。これらを素性不完全指定理論と素性階層論から分析すると、前者においては、ラ行音とダ行音を弁別する素性、すなわち[flap]が、基底において未指定であり、文脈によって、語頭ではディフォールト値のマイナスが指定され、結果としてダ行音で、また語中では、先行する母音などから有声性が波及した結果、ラ行音として具現することが判明し、これに対して後者では、ディフォールト値のマイナスが、基底において、誤って指定され、その結果、すべてがダ行音で現れることが判明した。また、規則を基盤とした記述・分析が成り立つのは、比較的障害の程度が軽いケースであり、重度の障害や、獲得のごく初期の段階の音韻体系は、規則的な音韻過程によって支配されておらず、多くは語彙項目ごとに、ラ行音が獲得されていく、いわゆる‘Lexical diffusion'の形をとることも判明した。また次年度にむけて、これらのデータを、制約に基づく最新の理論的枠組みで再分析することも開始している。
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