日本語を母語とする幼児の音韻獲得において、もっとも逸脱が多いもののうちラ行音の係わる障害を主として分析した。ラ行音の機能的構音障害のさまざまな記述的データを検討すると、ラ行音障害には、2つの典型的なタイプが存在することが判明した。ラ行音とダ行音が相補的な分布を示すタイプと、ラ行音がすべてダ行音に置き換えられるタイプである。本研究では、これらを、現在音韻理論の中でもっとも有力な「最適性理論」によって分析した。その結果、ラ行音障害は、^*r-onset、Intervocalic Weakening、Feature Faithfulnessの3つの音韻制約制約の相互作用により、上記の2つのどちらかのタイプが現れることが判明した。また前者のタイプにおいては、障害児は2つの発達過程を経て正常音を獲得し、後者にあっては、ひとつの発達過程を経て正常な音韻体系を獲得することがわかった。これを分析した結果、これらの獲得過程は、正常音の獲得を妨げている、上記の制約のうち、いわゆる「markedness制約」である、^*r-onsetとIntervocalic Weakeningが、音韻発達の各段階で、正常音を発現させようとする「faithfulness制約」とやばれるFeature Faithfulnessに対して、異なった相互作用をしながら獲得が進むことに起因することが明らかになった。この結果、ラ行音障害児の正常音獲得は、限られた数の「音韻制約」の相互作用が、わずか3つの変化の過程をたどるものであるとみなしうることが判明した。このように、これまでは、単にラ行音障害としてひとくくりにされてきた構音障害に対して、統一的な説明を与え、少数の因子に還元しうることを示したことで、臨床治療現場においては、ラ行音障害の診断・治療に大きな助けになると考えられる。
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