研究概要 |
ポライトネス理論や言語行為理論などの欧米主導型の言語運用理論は,これまで欧米の言語社会文化的価値観に支えられながらも普遍的なものとされてきた。しかしその普遍性を明らかにするためには,それが異なる言語においても汎用性をもっていなければならない。そこで本研究は,個々の言語運用や言語形式に現れるミクロな言語事象を支えるマクロレベルの社会言語文化的価値観を探り,日本語と中国語の観点から,新たな「普遍的」言語運用モデル構築のための理論的考察を行い,その方法論を提言することを目的に企画された。 最終年度は,本研究の目的達成に向けてのマクロレベルの言語運用の原則を探るために,古代中国社会の行動規範を示すものとしての『礼記』と西欧のキリスト教文化の行動規範となる『聖書』とを取り上げ,規範を示す項目を整理し,言葉の禁則事項について比較考察した。更に,前年度までのパイロット調査の結果をふまえ,「謝罪」という同一言語行為場面を支える行動の規範意識を日中米語において探るために,質問紙を作成し調査を行った。 その結果,まず『礼記』における言語禁則では,その原則を発話参加者の人間関係や場面などのコンテクスト抜きでは説明できないものであり,社会的属性を捨象したポライトネス理論などの欧米主導型の言語理論とは対照的であることが明らかになった。質問紙調査では,言語行為理論の適切性条件を満たしていない場面においても,日本語では謝罪を行う傾向が強いことが明らかになった。これにより,欧米主導型の言語運用理論を再構築する必要性を提示する方法論の可能性を示すことができた。 『礼記』と『聖書』に示されている行動規範は,まだまだ多様なものがある。それらを継続して探り,更に同一言語行為の調査の種類もふやし,これらを地道に蓄積していくことで,より包括的な「首遍的」言語運用モデル構築に貢献していきたいと考える。
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