研究概要 |
『オデュッセイア』第8巻においてデーモドコスによって歌われるアプロディーテーとアレースの情事の顛末は、従来『オデュッセイア』の筋とは本質的な関わりをもたない、娯楽的要素の強い挿話として取り扱われることが多かった。しかしこの部分の語りの手法を検討することによって、この歌が「入れ子構造」の形式をとっており、しかも『オデュッセイア』の主題と深く関係していることがわかった。すなわち「放浪の旅人の正体は何物か」というテーマでデーモドコスの第一,第三の歌と関わり、「不利な条件の下で妻を奪い返す」という点で、『オデュッセイア』全体のライトモティーフと関わっていることが明らかにされた。 また『ホメーロス風讃歌』第三番の『アポローン讃歌』においても「テュポーンの物語」は伝統的に、本筋から離れた挿入物語としてとり扱われてきた。しかし雌蛇の話、ヘーラーの出産物語が、このテュポーン物語を中心とする「円環構造」をなしており、内容的にも本讃歌全体の中で、きわめて重要な部分を形成していることがわかった。 『ホメーロス風讃歌』第四番の『ヘルメース讃歌』においては、ヘルメース神の多岐にわたる権能が螺旋状に配置され、その語りの手法自体が、狡知にたけた早業の神ヘルメースを巧みに表現するものであることが解明された。 以上のように、初期ギリシア文学の作品に見られる特異な「語りの手法」を細かく検討することにより、その部分の文学的価値、並びにその部分と作品全体との関わりが解明された。
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