1. ロシアには、企業間の経済紛争を解決するための仲裁裁判所が設置されている。その判決は『最高仲裁裁判所報』や『法と経済』誌に定期的に公表されている。この公表判例1650件(社会主義の崩壊した1992年から1996年までの5年間)をすべて読んでカード化し、その統計的分析を行うことは、すでに科研費の交付決定に先立って準備を終えていた(森下敏男「市場経済移行下の経済紛争」『神戸法学年報』第13号、1997年)。その結果、社会主義時代の契約前紛争、欠陥商品をめぐる紛争などに代って、市場経済化に対応した新しいタイプの紛争が発生していることが分かった。売買、銀行信用、保険などの新型の契約をめぐる紛争、私有化や破産、租税をめぐる紛争などである。 2. 平成10年度は、上記の判例1650件の内容的な分析を行った。その結果は別記の論文で詳細に論じているが、現代ロシアの経済紛争は、次の三種に分けられる。(1)社会主義の遺産を引きずっているもの。国有財産をめぐる紛争、契約の強制的締結をめぐるもの、銀行口座からの債務の自動控除に関するものなど。(2)市場経済化に対応した紛争。契約の自由原則に関する紛争、善意取得の承認、現実的履行原則の廃止、銀行融資と担保・保険制度の展開など。(3)過渡期の特徴を示すもの。私有化をめぐる紛争、表見代理制度の未確立など。ロシア経済の過渡期の実情と問題点を、経済判例の分析を通して明らかにすることができたと思う。 3. 平成11年度の中心的な研究対象は、通常裁判所の判例である。社会主義崩壊後(1992年〜1998年)に公表されたロシア連邦の通常裁判所の判例は、民刑事合わせて約1250件である。これらの判例のうち、経済紛争、経済犯罪に関するものを抽出し、統計的および内容的な分析を行いたい。
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