ロシアの体制転換が経済紛争のあり方にどのように反映しているか、あるいは逆に現実の経済紛争とそれに関する判例の分析を通して体制転換の進展度とその特質を明らかにするのが本研究の目的である。(1)契約自由の原則が確立し、かつてのような契約の強制締結訴訟は減少した。しかし公共契約の強制締結、私有化に絡む不動産の強制売却などはまだかなり残っている。(2)所有権をめぐる紛争は、そのほとんどが旧国家的所有の帰属の不明確さに起因するものであり、旧体制の遺産である。また土地の私有制はまだ十分には確立していない。(3)市場原理を媒介する善意取得、表見代理、取得時効などの法理が徐々に確立しており、他方で社会主義時代の契約法の特徴であった「現実的履行の原則」は否定されている。(4)かつて多かった欠陥商品をめぐる紛争などが減少し、以前は存在しなかった担保、破産、融資などをめぐる新型の訴訟が増えた。(5)経済犯罪は、社会主義時代と比較してその性格が根本的に転換した。欠陥商品の生産・販売、商品売買(投機罪)などは犯罪ではなくなった。他方ではかつて少なかった消費者欺罔、詐欺などが激増した。また私有化犯罪、ネズミ講、資金洗浄などが大きな問題となっている。経済の「マフィア化」が指摘され、武装企業(用心棒)が栄えている。このようにロシアは、なお過去の遺産をかなり引きずりながらも、社会主義から資本主義へと転換し、経済紛争・経済犯罪にもそれが反映している。それはかなり歪んだ野蛮な資本主義といわざるを得ない。
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