ロシアにおける立憲主義の生成、確立の過程を「憲法裁判」という場面をつうじて追いかけることを課題とした本研究は、従来からのロシア立憲主義研究の一環をなすものであって、憲法の制定とその定着過程の分析と密接に関連している。これまでの研究によって、現在のような立法権と執行権のうえに超然と存在している大統領の地位は、権威主義体制には適合的であっても、近代立憲主義の伝統にはそぐわないことが明らかであり、現代ロシアの立憲主義の確立にとって大統領制の機能変化が不可欠であることが明らかとなった。これらは、レファレンダムという民主主義の実現形態が、体制転換過程で果たした権威的、権力的機能ともあいまって、現代ロシアの政治的特質をなすものである。 こうした基本的立場を前提としたうえで、この間、表現の自由、営業の自由、居住・移転の自由、それに労働権、環境権などの人権保障機能と、連邦制・地方自治制度における国家統合的機能について、実態の分析とともにその裁判実例をフォローし、あわせて通信の秘密、居住不可侵などの憲法上の権利が、定着しつつもなお旧体制下の伝統を引きずっていることを明らかにし、ロシアの憲法裁判所が、人権保障、連邦制、地方自治制度などの領域で、憲法的価値の実現に多大の影響を及ぼしていることを明らかにした。基本的には、それらの領域で憲法裁判所が果たした意義は小さくはないが、憲法秩序、憲法体制の擁護機能をその主要な任務としており、現在の政権の現実的政策を推進・擁護するという役割を担うことが少なくないことが明らかとなった。憲法裁判の実例検討は、97年前半までにとどまっているため、引き続きその作業が継続されなければならない。
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