本研究は、1890年に公布されたいわゆる「旧民法」と1896年および98年に公布・施行された現行民法という、わが国の2大民法典が編纂された当時において、わが国の法律家たちに直接または間接の影響を与えたと思われるフランスの相続法文献を集め、読み取り、それを現代の解釈論との関係で再構成することを究極の目的としている。この作業は、最終的には、当時の立法と解釈論の状況を最も簡潔に叙述した文献(現時点ではBauderie-Lacantinerieの3巻本の初版を念頭に置いている)を全訳しつつ、当時の他の文献、現行民法典に至る諸法条の変遷状況、そして現代の解釈論との相違点などを註記によって明らかにするというかたちで果たされる。 本報告は、その-部、しかし相続や遺言の法の中心部をなす遺贈法の、そのまた核心部分の問題を取り上げて、本研究がいかに現代の解釈問題と深く繋がっているかを示す意図で執筆された。本報告を一読するならば、イギリスやドイツのような遺言中心主義の立法とは違って遺言執行前の遺言審査の制度をもたないわが国に遺言中心主義のみを導入しようとする通説の愚かしさが納得されるであろうし、法定相続主義に立脚するフランス相続法の下でもイギリスやドイツとは違った遺言審査の制度が、19世紀当時から確立していたし、そのシステムがわが民法の条文にも構造的に組み込まれていることも分るであろう。本報告で取り上げた裁判所による占有認許envoi en possession手続の内容や問題点相続人による許諾delivranceの具体的意味や問題点は、驚いたことに、この100年間のわが国において一度もまともに紹介されたことがない。筆者も含めて、わが国の民法研究者は、これらを文字づらでのみ知り、日本法の常識の枠内で勝手に中身を想像してきたにすぎなかったことも明らかにできた。
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