本研究の課題は、フランスにおける労働契約法の源流を探りつつ、わが国における民法上の雇傭およびその後の労働契約に関する諸制度の発展と日本的特質を明らかにすることにあった。3年の研究期間において、其の研究実績は次のような形で現れた。 第1に、日本における旧民法における雇傭契約の趣旨(フランス法の影響)、および明治29年(1896年)に成立した現行民法における立法過程を調査するとともに、さらに明治・大正期から第二次世界大戦後昭和22年(1947年)の労働基準法制定に至るまでの期間に、日本において醸成された雇傭(労働契約)についての観念を明らかにした。後者の具体的手法として、この時期の「雇傭」における労働時間等の労働条件が、契約すなわち当事者の合意としてどのように組み込まれているかに焦点を当てた。 第2に、フランス初期労働契約論を特色づける身分規定論(thorie statutaire)に注目するとともに、それとの対比において、日本の労働契約における個別合意論を展開した。すなわち、日本では労働契約における合意の分析が不在なままに、黙示的・包括的合意の名のもとに合意の強制力が軽視され。解釈者の判断に左右される不明確な理論状況であることから、個別合意について独自の分析を試みて判例の配転法理の現状を批判した。 第3に、フランス労働契約法においては、企業譲渡における労働契約継承に関する1928年法にみられるように、労働契約の法理の中に「企業」という理念を取り込むことで、労働契約の解約に対する保護法理を形成したことを示し、これとの対比において、日本の労働契約法、とくに解雇法理において企業理論の発想が乏しいことを明らかにした。また、そのことが解雇法理の発展を阻害する要因となっていることを指摘し、企業の変容が指摘される今日、企業の発想による解雇法理の再構築が必要であることを明らかにした。
|