再審における証拠構造論は弾劾対象の確認機能とともに明白性判断の過程を可視化・客観化する機能を担うものとして発展したが、明白性判断は実質的には有罪・無罪の実体判断と異ならないのだから、この証拠構造論は通常手続でも基本的に妥当するものと考えることができる。再審と通常手続との違いは、弾劾対象が前者においては確定判決の事実認定、後者においては検察官の有罪主張としての訴因事実という点だけである。しかし、この違いは、再審の場合は弾劾対象が確定的であるのに対して、通常手続の場合は弾劾対象が浮動性をもたざるをえないことを意味する。問題は、この相違の下で、通常手続において、いかなる根拠、いかなる形態において、証拠構造論を展開することができるかという点にある。経験深い弁護士の刑事弁護の実践を通して、こうした志向が正当性をもつことが本研究で確認されており、問題は理論的根拠とその具体的な論理にある。 通常手続における証拠構造論の妥当根拠は、「疑わしきは被告人の利益に」の原則と証拠裁判主義に求めることができる。けだし、検察官が「合理的疑い」を超えて訴因事実の立証に成功したといえるためには、訴因事実を支える証拠上の構成(証拠構造)が被告人の弾劾に耐えて維持されたということを意味するほかないからである。むろん、この証拠構造には浮動性を認めざるをえないが、しかし、その最終的確定を論告の段階に求めれば、理論上も実際上も問題はない。そして、こうした証拠構造論が機能するためには、立証趣旨の拘束力の肯定と事前全面証拠開示が不可欠の前提となるが、これらの前提を満たすことは当事者主義そのものが要請するところである。そして、英米法でも、無罪評決指示制度に見られるように、証拠開示を前提として検察官の有罪主張の証拠構造の崩壊をもって「無罪」判決を行う制度が容認されているのである。
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