本研究は、平成10年度及び11年度の2年間にわたり研究代表者が単独で実施したものであり、医事刑法の理論学的基礎を成すものでもある、自己及び他者の身体に関する処分権能についての法的諸観念(例えば、人間の尊厳、自己決定権、人格権、臓器の法的性格等々)の再構成を、学際的並びに比較法的知見を加味しつつ、且つ、感性的な障害の克服を図りつつ、試み、今後の学界における理論展開に資することを目的とした。本来的に極めて観念的・抽象的な議論に陥りやすい領域の研究である為、最終的には、それらの諸観念が用いられているコンテクストの代表例として、現行法制上は犯罪とされている「臓器の売買」という問題を取り上げ、我が国の法律学諸分野における議論のみならず、当初からの研究視座に基づき、アメリカやドイツにおける法哲学(特に意思・人格を中核とするカント主義、労働と私的支配を中心とするロック等)的議論や「法と経済学」(自由市場論)的議論を批判的に検討した。そこから得られた私見は、全面的な「臓器の売買」の禁止が必ずしも論理的には基礎付けられないということであるが、その詳細は研究成果報告書に委ねる。本研究の目的からすれば、より重要な前提論としては、臓器を私的所有権の対照としては捉えにくいこと、同コンテクト中で用いられる人間の尊厳や人格権という観念で示される内実が必ずしも臓器の移転自体の法的不許容性を基礎付け(得)るものとは思われないこと、自己決定の内実の社会共有的価値秩序との整合性が判断基準とされていること(例えば、「有償で」臓器を移転すること、「特定の属性を有する個人に」臓器を移転すること)、その社会共有的価値秩序は自己内部でも十分な合理的成熟化を経て居らず又社会コスト論等による外在的判断基準と遮断されていること等が確認された。
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