今年度は、文民の動向と文民と軍将校との相互作用を中心に研究を進めた。そこで得られた知見の概要を以下に述べる。 1960年代から70年代にかけては、チリ政治の急進化の時代だった。国民の間に急進的改革への期待が拡がり、経済ナショナリズムが強まった。1964〜70年のキリスト教民主党政権期に開始された改革政策は、70年以降のアジェンデ人民連合政権の下でいっそう急進化した。しかしそれにともなって、社会の両極化も悪化した。民間投資は減退し、米国政府の秘密工作も手伝って、アジェンデ政権の末期には経済は麻痺状態に陥った。労働者と高級住宅街の住民は、それぞれ右派のクーデターと下層民の襲撃に備えて武装訓練を始めた。 このような騒然たる雰囲気のなかで、文民と軍将校との接触も活発化した。将校が置かれている社会的環境は中産階級や企業家が多い世界であり、そこで表明される不満は将校にも影響を与えた。アジェンデ政権打倒を望む文民たちは、軍の行進にトウモロコシの粒を撒いた。これは、クーデターに踏み切らない軍人を臆病な雌鶏に見立てる侮辱であり、プライドを重んじる軍人は感情の鬱屈を高めていった。同様に、デモ参加者が警官を殴っている写真が大量に配布されたが、これは警察官の屈辱感を昂進させ、怒りを政府に向けさせるための心理作戦であった。こうしたなかで海軍は、エコノミストや企業家等の文民のネットワークを駆使して政権奪取後の統治計画作成に着手した。この統治計画は、軍事政権成立直後に政権内部で配布され、初期の政策の指針となったとも言われている。
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