本研究は、17世紀英国の哲学者トマス・ホッブズの政治哲学を、同時代の科学革命によって生じた学問のパラダイム転換、つまりアリストテレス-スコラ的伝統から近代科学への知の総体的転換、の中に位置づけ、それを通じて近代的な政治哲学の成立過程とその特質を明らかにしようとするものである。とくにそのため、ホッブズにおける近代的学問の理念の成立過程を、人文主義的政治学の伝統の変容過程およびそれをもたらした科学革命における近代的な学知の理念の形成というコンテクストのなかで明らかにしようとした。 この研究の過程で、まず、ホッブズにおける人文主義的伝統の意味について再検討するために、Q・スキナーの研究が提起した問題を受け止めながら、ホッブズ政治哲学におけるレトリックの意義について考察した。つぎに、ホッブズの機械論的自然像それ自体についても再検討するために、同時代の科学革命における学問の理念とかれのそれとの比較研究を多角的に行うことを目指した。とりわけ、光学に関するホッブズとデカルトの論争に関してR・タックの研究が提起した問題、および空気ポンプをめぐるホッブズとボイルの論争の分析を通じて、近代の経験科学の理念の成立過程におけるホッブズの科学方法論の特質を明らかにしたS・シェイピンとS・シェイファーの研究が提起した問題を受け止めて、ホッブズの機械論的哲学体系と科学の理念の近代性を考察した。最後に、ホッブズの政治哲学の主題を、初期近代における政治思想の変容のなかで明らかにするため、ホッブズにおける「社会契約」の概念の成立を、かれの機械論的自然像との関係で明らかにした。 以上の研究を通じて、ホッブズにおける政治哲学の近代的転換の意味を再検討し、改めてホッブズ政治哲学の特質を、かれの機械論的自然像にもとづく哲学体系との関わりで明らかにした。
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