伝統的に、所得分配をめぐる対立は専ら階級対立、すなわち地主と小作・農業労働者、資本家と労働者の対立の問題としてとらえられてきた。しかしながら、この図式はラテン・アメリカ(および、西欧の歴史的経験や日本の1950年代半ばまでの経験)には適用可能であっても、東アジアの現実には必ずしも合致しない。東アジアでは所得分配をめぐる対立は、階級間対立というより産業間対立の問題として処理されてきたとみる方がより適切である。日本の原局・審議会・業界団体という制度は情報の流れを通じるコーディネーションの機構であるとともに、所得分配をめぐる対立の調整の制度でもある。すなわち、各経済主体は産業ごとに結集し、業界団体等を通じて政治過程へ働きかけることにより、自己に有利な所得分配を実現すべく、競争したと考えられる。こうした産業間利害の調整メカニズムは、日本ほど明瞭でなくとも韓国・台湾・インドネシア・タイなどで幅広くみられる。またこのメカニズムの下では、産業政策は一層運営が容易になり、またその場合、マクロ経済的安定も生じやすくなることを示唆した。 東アジアにおける「適切な」政策の採用に関しては、従来、政治学者を中心として展開されてきた。「遮断仮説」とJ.サックスなどの経済学者の主張する「要素賦存仮説」がある。前者は官僚や政治的エリートが階級利害から遮断されてきたことが適切な政策採用につながったこと、後者は、東アジアでは資本や土地にくらべて労働の賦存量の大きいことが労働に有利な政策(たとえば開放的な貿易政策)の採用につながったことを主張する。しかし前者の仮説に関しては、官僚は他方で産業利害と密接なコンタクトを維持していること、後者の仮説については、労働の賦存量だけではなく、(企業固有の機能形戒などにもとづく)労働の低移動性と(内政的関税の理論で用いられている)投票コストの問題を考慮する必要があり、われわれの産業間利益のモデルは、この両仮説を一般化するものとなっている。
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